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プロとして活躍しているマンガ家さんたちもかつては新人さんだった(あたりまえだけど)。新人のマンガ家さんにとってデビューは良きにつけ悪しきにつけ、忘れられないターニング・ポイント。このコーナーでは、マンガ家さんのデビューの頃の話を質問形式で語ってもらいます。
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【第5回目のゲスト/帯ひろ志先生】
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【帯ひろ志先生への30の質問】
- デビューはいつ頃ですか?
1982年、22歳の時でした
- デビュー作のタイトルは?
恥ずかしながら、『星の王子さま』と言うサン・テグジュペリとは
なんの関係もないコメディーでした
- デビュー作の簡単なストーリーを教えてください
エ白馬の王子さまが現れると信じている女の子の前に、宇宙から王子さま(宇宙人)が現れて…でも、本当の王子さまはすぐ近くに居た…と、言うお話です。ご免なさい(^^;
- デビュー作でもっとも描きたかったことは?
笑えるところ…
- デビューした雑誌は?
月刊少年ジャンプ、2月増刊号…だったと思います
- どのような形でデビューしましたか?(マンガ賞受賞作、持ち込み作など)
何回かの受賞後、デビュー用のネーム数本目で編集部のコンペにひっかかりデビューが決まりました。
- デビュー作はマンガを描き始めてどのくらい(期間)でしたか?
コマの漫画を始めて描いたのが小学四年生だったので、それからだとすると、12年ですね
- またそれは何作目ぐらいでしたか?
編集さんに見せる様に描いたものだと7本目、同人誌で描いたものを含めると30本目位でしょうか
- そのころの本業(学生、フリーターなど)はなんでしたか?
自称フリーイラストレーターでした
- そのころは本気でマンガ家を目指していましたか?
もちろん目指していました
- もしマンガ家としてデビューしていなければどんな仕事につくつもりでしたか?
視野が狭かったので漫画家しか思い浮かびませんでしたが、デビュー出来なかったら、そのままイラストの仕事を続けていたと思います
- マンガ家デビューの際の家族の反応はいかがでしたか?
冷ややかな反応と思っていましたが、つい最近母親から「実は応援してたのよ」と聞かされ、驚きました
- 目標としていたマンガ家さんがいたら教えてください
昔は、手塚治虫先生、石ノ森章太郎先生、永井豪先生などが目標だと思っていましたが、すぐに恐れ多い事に気がつきました
- そのマンガ家さんのどこにひかれていましたか?
ストーリー、引き込まれる展開などなど…。あと、キャラがやっぱり素晴らしいですからね
- デビュー作の原稿料または賞金は何に使いましたか?
今は亡き祖父母の家に行き、出前の寿司を3人で食べました
- デビューが決まった時の感想は?
フレッツのコマーシャルで見た中居正広さんのリアクションと一緒です。(よっしゃ〜〜〜〜〜っ)
- デビュー作が実際に雑誌に掲載された時の感想は?
それっぽく見える…。(漫画の様に見えました…漫画なんだけど)
- デビュー前後でマンガに対する考えかたに変化はありましたか?
他の作家さんの漫画を分析しながら読むようになってしまい、楽しめなくなってしまいましたが、20年以上経った今は、また楽しめる様になりました
- デビューの頃、編集者と打ち合わせをどの程度していましたか?
月刊誌だったのですが、平均すると毎週一回は…。多いときは週に2回ネームを切って持って行ってました
- その頃編集者との打ち合わせでためになったことは?
なんでも。特に、なんでこいつが主人公なのか良く考えろと言われた事
- 逆に編集者との打ち合わせで苦労したのはどんなときですか?
打ち合わせで前回の意見と異なるような意見をしばしばされた時(笑)
- 編集者との打ち合わせなどはどのような形でしていましたか?
編集部に通って
- 編集者とのつきあいで思い出に残るエピソードがありましたら教えてください
集英社の会議室に缶詰めになったとき、担当氏が夜食の差し入れに現れず、ついそこにあった出前の残り物(手つかずの)サラダに手を出して軽い食中毒になりましたが、当時は恥ずかしくてぐっとこらえで原稿執筆しました(笑)
- デビューの頃、良きライバルとか、語り合えるマンガ家さんはいましたか?
友達になった作家さんは結構いました。でも、ライバルとは思わなかったなぁ…。そんなことより、自分がへこたれない事に必至でしたから
- デビューの頃、マンガ家として成長していくために特になにかしたこと、勉強したことなどはありますか?
人間観察かなァ! 一般的な考えを持ち、ちょっと変わったアイデアで表現するというコト映画を見たり、本を読むこと。最近減ってきたので、また気合いを入れないと
- デビューの頃、マンガ家として特に何か悩んだことなどはありますか?
自分で、自分を否定しないようにするのが大変でした
- デビュー作を今の自分が再評価すると100点満点中何点?
0点
- またその理由は?
あの作品のどこを面白いと感じて描いたのか、思い出せないので
- マンガ家としてデビューするために必要なことはなんだと思いますか?
描かずにおられない魂。描いたり、描かなかったりではダメ
- これからマンガ家を目指す人達になにか一言
気が向いたときだけ描いてては、漫画家になったとしても続かないよ。それから、描けない事をすぐにスランプと言わない。プロの世界では、そんな人材はいらないのだから。あれっ、一言じゃないや、すんません
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北海道、帯広出身。1982年、集英社の月刊少年ジャンプ増刊で『星の王子さま』でデビュー。その後、月刊少年ジャンプ誌で初の連載作『スーパーエンジェル』を発表。
この作品は、バイク事故で死んでしまった主人公が悪魔と戦う事を条件に、超天使の力を手にし生き返る事を許されるというヒーローストーリーで、連載6か月(コミックス全1巻)の短命に終わってしまったものだが、帯先生が漫画を描くことの厳しさを学んだ思いで深い作品である。
その後、福武書店(現ベネッセコーポレーション)の小五チャレンジ誌、徳間書店のヤングキャプテン誌などで作品を発表。秋田書店の月刊少年チャンピオン誌では、着けている人物に爆発的なパワーを与えるというお色気もののコメディー『ミラクル・ランジェリー』を連載(全4巻)。
また講談社のコミックボンボン誌においては、テレビゲームソフトの漫画化である『がんばれゴエモン』シリーズを足掛け8年の長期に渡り連載し人気を得る。
今月より漫画街でスタートする帯先生の『にゃにゃんとコタロー!』は、朝日小学生新聞で2002年7月2日〜8月31日まで連載されていた人気作品の再録であります。
そのほか多才な活動をされている帯先生に興味のある方は、先生のHP
(http://jmac.dma-j.net/obi/)をご覧ください。
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