【大橋薫先生への30の質問】
- デビューはいつ頃ですか?
昭和の大昔
- デビュー作のタイトルは?
『狼のエンブレム』平井和正先生原作です。
未完で終わってしまったのでコミックス未収録の幻の漫画です。
私が担当したのは第1部6話分です
- デビュー作の簡単なストーリーを教えてください
正義感の強い狼男と卑怯な人間の戦い
- デビュー作でもっとも描きたかった事は?
主人公のクールなカッコ良さ(無理でしたが.....)
- デビューした雑誌は?
徳間書店の少年キャプテン創刊号
- どのような形でデビューしましたか?(マンガ賞受賞作、持ち込み作など)
突然編集部から電話で原作付き連載依頼で驚きました。
当時はまだアマチュアで、同人やファンロードで描いてるだけだったので。
多分『狼のエンブレム』の同人誌がきっかけなのではないかと........
- デビュー作はマンガを描き始めてどのくらい(期間)でしたか?
同人誌をやっていたので5年くらい
- またそれは何作目ぐらいでしたか?
同人誌をやっていたので数多く..........投稿作だけなら5作品くらい
- その頃の本業(学生、フリーターなど)はなんでしたか?
短大生
- その頃は本気でマンガ家を目指していましたか?
もちろん!
- もしマンガ家としてデビューしていなければどんな仕事につくつもりでしたか?
イラストレーターかな........
とにかく絵に関する仕事につきたかったです
- マンガ家デビューの際の家族の反応はいかがでしたか?
既に妹の楠桂が中学生デビューしてたので、両親の反応は特になかったです。
双子姉妹そろってヤクザな商売やらなくても.....と母がつぶやいてました
- 目標としていたマンガ家さんがいたら教えてください
三原順先生
御病気でお亡くなりになったと聞いてかなりショックでした
- そのマンガ家さんのどこにひかれていましたか?
繊細で傷付きやすい子供の話がすごく上手で...とにかく憧れてました。
ファンレターとか出してました
- デビュー作の原稿料または賞金は何に使いましたか?
ロスへのホームステイの費用にしました
- デビューが決まった時の感想は?
やった!やっと私もデビュー出来た!
当時は少女漫画に投稿してて、担当さんも付いてましたが
放置で何も進展なかったので......
嬉しくて久しぶりに担当さんにデビューが決まったことを電話で報告しました。
そしたら「それ断ってうちの雑誌に投稿続けてくれ。デビューの保証はないけど」
って言われてびっくりしたのを覚えています
- デビュー作が実際に雑誌に掲載された時の感想は?
下手くそだなぁ〜〜ペンタッチがめちゃめちゃだ〜〜〜とかなり凹みました
- デビュー前後でマンガに対する考えかたに変化はありましたか?
同人誌とは違うんだ。
描きたくないシーンもちゃんと描かなきゃいけない。
お金を払って読んで下さる読者さんのために資料も
そろえて丁寧に描かなきゃいけない。
〆切りをきちんと守るのも仕事のうちだ。
(どれも当然のことですが)
- デビューの頃、編集者と打ち合わせをどの程度していましたか?
そんなにしていないかも......
シナリオの方とはよく電話してました
- その頃編集者との打ち合わせでためになった事は?
私の場合は特殊で.......
原作者の先生とは別に原案の方、シナリオライター軍団の方がいらしたので。
編集さんの前にまずこちらのOKをもらわなければいけなかったのです。
とにかく編集さんからは「〆切りを絶対破るな」とだけ言われてました。
それは今もちゃんと守っているつもりです
- 逆に編集者との打ち合わせで苦労したのはどんなときですか?
地方作家なので、とにかく放置されたら終わり。
何度も自分から連絡して、気分はもうストーカーです。
別れるならちゃんと言って!自然消滅なんて卑怯よ!という
捨てられそうな愛人の気分です。(笑)
- 編集者との打ち合わせなどはどのような形でしていましたか?
ポツポツと電話と郵送。当時はまだFAXを持ってなかったので。
今は電話とメールとFAX
- 編集者とのつきあいで思い出に残るエピソードがありましたら教えてください
あまり良い思い出じゃないのですが一つ忘れられないのは.......
女性の方で年も近くてわりと仲良くしてた月刊雑誌の担当さんがいたのですが、
「すごいメジャー雑誌から大橋さんへの問い合わせが来たけど、多分原稿依頼だから
断っておいたよ」って電話が来て、さすがに怒ったら甘えた声で、
「だってそしたら大橋さん、そっちで描いてうちの雑誌で描く量が
減っちゃうでしょ?」って。
本当に憧れの雑誌だったので諦め切れなくて、私から連絡してみるから
相手の名前を教えてと言っても、
「忘れた。あ、どこの編集部かももう忘れた。
電話なんかしたら勘違いで恥かくかもよ。
本当に大橋さんに仕事依頼したいならまた連絡がくるはず。
来ないならそれまでの話だったんだよ」
正論だけど............その後何も連絡なかったけど.........
当時本当に泣きました。
待ってるだけじゃなく、持ち込みを始めたのはこの件があったからかもしれません
- デビューの頃、良きライバルとか、語り合えるマンガ家さんはいましたか?
妹の楠桂
今も編集さんに見せる前に話し合ったりネーム見せあったりしてます。
作家として尊敬してます
- デビューの頃、マンガ家として成長していくために特に何かした事、勉強した事などはありますか?
とにかくきちんと観察して描くこと。
アシスタントさんもいなかったし、
定規に慣れるためにいろいろ練習してました
- デビューの頃、マンガ家として特に何か悩んだ事などはありますか?
絵の個性。どうしても妹と似ていたし比較されるし
- デビュー作を今の自分が再評価すると100点満点中何点?
50点
- またその理由は?
当時は本当に原作やシナリオに気を遣い過ぎてそのまま漫画にしてたので。
漫画らしく読みやすくする工夫とか、効果的な構図とか、自分らしいアレンジとか
一切なかったので。
それでも本人必死にシナリオ通りに、バイクやCIAやレイプシーン描いていた
ことに半分だけ評価
- マンガ家としてデビューするために必要な事はなんだと思いますか?
人の気持ちを理解すること。
他人の気持ちになって常に考える。
そんな簡単なことができない人に、
人を感動させる、人の気持ちを動かすようなお話が描けるわけがないと思うのです
- これからマンガ家を目指す人達になにか一言
たくさん勉強して下さい。それが何であっても必ず役に立ちます。
もしも誰かに反対されたり、否定されるようなことを言われたら、
その人たちに納得してもらえるくらい努力をして認めてもらうべきです。
諦めなければ夢は叶うなんて、そんな無責任なことは言いませんが、
自分も常に成長して変化していけば、ゴール地点が多少ずれても夢には
必ず近付くはずです
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