【ときた洸一先生への30の質問】
- デビューはいつ頃ですか?
専門学校を卒業して、数年修行(笑)したあとです
- デビュー作のタイトルは?
雑誌やメーカーのイラストの仕事から業界にかかわっていたのですが、
ディオラマ写真と漫画を組み合わせた作品
『彗星戦隊フルーティV(ファイブ)』かなぁ。
漫画誌で担当がついた初作品は『コインダマン』です
- デビュー作の簡単なストーリーを教えてください
『フルーティV』はいわゆる美少女戦隊モノ。
『コインダマン』はお金をモチーフにしたキャラのショートギャグ。
どちらもタイアップ企画です
- デビュー作でもっとも描きたかった事は?
そういうレベルではなかったので、作品を仕上げるのに手一杯でした(苦笑)
- デビューした雑誌は?
「モデルグラフィック」。『コインダマン』は「コミックボンボン増刊号」です
- どのような形でデビューしましたか?(マンガ賞受賞作、持ち込み作など)
師匠のモデラー小澤勝三さんに「お前、描け!」と言われたので(笑)。
ボンボンもイラストの仕事をずっとさせていただいていて
「読み切りギャグだけど、描いてみる?」とお声をかけていただいたので
- デビュー作はマンガを描き始めてどのくらい(期間)でしたか?
ちゃんとした漫画はそれが初めてですね。
鉛筆の落書きは子供の頃から描いてましたけど
- またそれは何作目ぐらいでしたか?
そういう意味では1作目?
漫画っぽいイラストはたくさん描いていましたが
- その頃の本業(学生、フリーターなど)はなんでしたか?
イラストレーター&キャラデザイナーかな?偉そうに言うと(笑)。
実際はニートっぽいかも・・・
- その頃は本気でマンガ家を目指していましたか?
絵で食べられればいいなぁ・・・くらいでした(笑)。
漫画の仕事もイラストの仕事の一部って感じでしたね
- もしマンガ家としてデビューしていなければどんな仕事につくつもりでしたか?
そのままイラストで食べていければ それでもOKです
- マンガ家デビューの際の家族の反応はいかがでしたか?
まぁ「ちゃんと仕事しているな」程度でしょうか(笑)。
とくに何の仕事をしているとは細かく報告してませんでしたから。
大手出版社の仕事をしていると安心しているようでしたけど
- 目標としていたマンガ家さんがいたら教えてください
とくに無いですね。先輩方は尊敬していますが、
自分とは方向が違うと思っているので
- そのマンガ家さんのどこにひかれていましたか?
みなさん それぞれ魅力があって素晴らしいです!
- デビュー作の原稿料または賞金は何に使いましたか?
テレビ買いました、ソニーの21型プロフィールスター!(笑)
- デビューが決まった時の感想は?
「うわ〜、大変な仕事が来ちゃった」(笑)。可愛くないですね(笑)
- デビュー作が実際に雑誌に掲載された時の感想は?
「ちゃんと本になったよ、すごいなぁ〜・・・うわぁ、ヘタでゴメンなさいっっ!!」
- デビュー前後でマンガに対する考えかたに変化はありましたか?
当時はイラストだけの仕事に比べて、漫画は注目度がかなり大きいと思いました。
それだけ描けば描くほどプレッシャーは大きくなっていきました。
なので、どんなマンガ家さんも「みんなスゴいなぁ!」と思います
- デビューの頃、編集者と打ち合わせをどの程度していましたか?
『フルーティ』は基本的にお任せでした。企画の一部分みたいなものでしたから。
『コインダマン』では担当さんにコンテ、下書き、線画など見ていただき
アドバイスをもらえました
- その頃編集者との打ち合わせでためになった事は?
講談社の担当さんから「輪郭線はマジックで描いた方が作品にあってるよ」と。
キチンとGペンで描かなければいけないと思っていたので、むしろ目から鱗でした
- 逆に編集者との打ち合わせで苦労したのはどんなときですか?
その後、ボンボンで漫画を連載させていただけるようになったのですが
その時の担当が大卒の新入社員で お互いちゃんとした漫画の描き方が
判らないという無茶苦茶(笑)。
「見開きって大きな紙に描けばいいんですか?」
「さぁ・・・いいんじゃないですか?」みたいな(笑)
- 編集者との打ち合わせなどはどのような形でしていましたか?
連載当初はファミレスでプロットを検討して、コンテが出来たらチェックしてもらうという段取りでした
- 編集者とのつきあいで思い出に残るエピソードがありましたら教えてください
ベテランの編集さんの昔話など、生の現場の話など聞けるのも楽しいですね。
「漫画の神様」の話とか(笑)
- デビューの頃、良きライバルとか、語り合えるマンガ家さんはいましたか?
いません。
マンガ家の友達は今もあまりいません(笑)
- デビューの頃、マンガ家として成長していくために特に何かした事、勉強した事などはありますか?
資料はたくさん集めてます。
今ではインターネットが良い情報源になります。使い方は難しい部分もありますが
- デビューの頃、マンガ家として特に何か悩んだ事などはありますか?
連載当初は「こんなにキツい事」は生涯初めてでした。
過去のどんな体験より精神的、体力的にキツい!
描いている作品に納得がいかないのは今も同じです(苦笑)
- デビュー作を今の自分が再評価すると100点満点中何点?
30点くらい
- またその理由は?
下手な絵は許せませんが(笑)、よくがんばったので
- マンガ家としてデビューするために必要な事はなんだと思いますか?
「運」ですね。
自分の力を引き出してくれる良い編集さんに出会えるのも「運」ですから
- これからマンガ家を目指す人達になにか一言
その「運」を呼び込むためには ただボーっとしていてはダメだと言うことです。
「運」でデビューできても その後は努力。
ありきたりですが、がんばれ!!
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1961年、千葉県出身。
「月刊モデルグラフィックス」で商業誌デビュー。
出版、模型、玩具、ゲームソフトなどのデザイン、イラストなどをてがける。
マンガ家としては「コミックボンボン」「テレビマガジン」で数作のキャラクター物の読み切りを描いたのち 『コンパチSDワールド(後に『ザ・グレイトバトル3』でコミックスに)』を連載。
その後『機動武闘伝Gガンダム』からガンダムコミックスを作画し、現在まで多くのガンダムコミックスを描き続けている。
2008年現在、SDガンダム20周年記念作品『SDガンダム三国伝 風雲豪傑編』(講談社)、最新テレビシリーズ公式外伝『機動戦士ガンダム00F』(角川書店)、ヒットシリーズの第5作『機動戦士ガンダムSEED FRAME ASTRAYS』(メディアワークス) を展開中で多忙な日々をおくっている。
ホームページ
「ときた洸一総合カタログ」
http://www2.hi-nobori.net/tokita/
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