【質問と解答】

Q:現在描き進めている漫画の『原作』についていくつか判らない部分が出てきたもので、ご相談させてください。
 現在描き進めている漫画には参考としている著作、原作があり、歴史上確かに存在した『ある人物』の壮絶な半生を描いたもので、その意味で吉川英治著の『宮本武蔵』に類似していますが、歴史考証は極めて史実に忠実で歴史書のような文体でありながらも人物の会話などは小説風味に書くという構成です。
 私の漫画は歴史考証の部分は全面的にその著者の説を採用し、小説部分は丸被りしないよう会話や殺陣は工夫し、原作ではあまり掘り下げていないストーリーを掘り下げて、極力相違性を見出すよう努力はしています。しかしこの場合でも、著作権の問題とかの交渉はどうするべきなのでしょうか?
 アマチュアで勝手に描いているだけの今の段階ならまだしも、持ち込みや投稿等の段になってくると原作者の方との交渉(?)などは必要となってくるのでしょうか? 細かいところでアドリブを利かせてほぼオリジナルの作品に仕上げているように見える井上雄彦先生の『バガボンド』でさえ、「原作:吉川英治」と明記されているので、そういう配慮も必要になってくるのか、と考えているところなのですが、如何でしょうか? ご回答いただければ幸いです。




A:元の小説が何というタイトルで、どの程度小説に準拠して漫画のシナリオを組み立てているのか不明なので断言はできませんが、質問文を読む限りでは原作を明示する必要があると思われます。また、他人に見せず自分自身の楽しみのために描いているだけならともかく、同人誌販売やネット掲載して不特定多数に閲覧させる等の「頒布」行為、商業誌や公募漫画賞への投稿を考えているならば、原作者に許諾を得る必要があります。同人誌等の(著作権者に無断の)二次創作は、あくまで原作人気の盛り上がりを阻害したくないために黙認されているだけであって(一部著作権者には二次創作フリーをうたっている方もいますが)、法的には著作権侵害に変わりはないのです。「原作者の方との交渉」と書いていることから、原作小説は著作権保護期間内なのでしょうから。前記の行為を著者に無断で行えば、著作権侵害になります。さらに「丸被りしないよう会話や殺陣は工夫」といった行為は、原作の「同一性保持権」の侵害にもなってしまいます。同一性保持権とは、著作権者の意に反して変更や改変を禁止できる権利です。「歴史考証は極めて史実に忠実で歴史書のような」ものだから、自分がそれを使ったって構わないじゃないかと考えているのかもしれませんが、膨大な文献を調べたり現地踏査したりといった労苦の成果を軽視してはいけません。あなたがゼロからひとりの人間の半生を調べてまとめあげるなら、どれだけの時間と労力が必要になるか想像してみてください。
 著者への連絡は、単行本の奥付に記載されている編集部気付で手紙を出すといいでしょう。作品に対する自分の思いの丈を綴れば、著者の方も漫画作品の用途は制限するでしょうが快く許可してくれる可能性もあります。だだ、先方も忙しい身でしょうから、返事がもらえなかったときはあきらめ、あなたがプロになった時に改めて編集部を通して企画の実現を試みてください。
 いずれにせよ、編集者の協力を得ずに個人の立場で著作権のある原作を漫画化するのはかなりハードルが高いです。ですから、もし歴史に材を採った原作を漫画にしたいと考えているのなら、既に著作権のない古典──日本のものなら『平家物語』や『太平記』など、中国のものなら『三国志演義』や『史記』などを下敷きにして大いに翻案してはいかがでしょうか。